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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1747号 判決

控訴人 原告 門井襄三

訴訟代理人 白石信明

被控訴人 被告 村上庄一

訴訟代理人 山本才一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、控訴人は浜松市田町二百六十八番地の四宅地五十坪七合五勺に対する浜松市戦災都市計画による仮換地第一工区九十九ブロツク四号三十一坪五合九勺の地上に、建物の所有を目的として期間の定めなく、賃料一坪につき一ケ年金十八円の約旨の賃借権と同一の内容を有する使用収益権を有することを確認する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、「控訴人が換地予定地の指定を受けた第一工区九十九ブロツク六号の土地の従前の土地である浜松市松城町百四十九、百五十番合の六の宅地百坪は、控訴人が昭和二十三年六月三日訴外鈴木玄治から買い受け、同月三十日その所有権移転登記手続を経たものである。また、控訴人は戦災復興都市計画土地区劃整理地区内の浜松市田町二百六十八番地宅地七十六坪につき賃借権ある旨の権利申告を、当時の土地所有者伊藤延雄の賃貸証明書を添付して、昭和二十二年二月二十七日浜松市長宛に提出した。」と陳述し、被控訴代理人において、「右控訴人主張の事実を認める。」と答弁し、立証として控訴代理人において、甲第四ないし第六号証を提出し、当審における控訴本人の供述を援用し、被控訴代理人において、原審における証人高橋三郎の証言、当審における検証の結果及び証人安藤治太郎、同平子俊治、同坂田啓造の各証言並びに被控訴本人の供述を援用し、甲第四ないし第六号証の各成立を認めた外、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

旧浜松市田町二百六十八番地の四宅地五十坪七合五勺(以下「従前の土地」と略称する)はもと訴外伊藤延雄の所有であつて、控訴人は古くからこの土地を賃借して地上に控訴人主張の建物を所有し、且つこれに居住していたこと、被控訴人は昭和二十一年二月五日右土地を買い受け、その所有権移転登記手続を経たこと、昭和二十三年五月十一日浜松市戦災復興都市計画に基ずき右土地に対する換地予定地として同計画第一工区九九ブロツク四号三十一坪五合九勺(以下「換地予定地」と略称する)が指定され、土地所有者たる被控訴人に対し右指定通知がなされたこと、控訴人に対しては右土地の借地権に基ずく換地予定地上の使用権に関する指定通知がなされていないこと及び控訴人は別にその所有にかかる浜松市松城町百四十九、百五十番合の六宅地百坪を従前の土地として都市計画第一工区九九ブロツク六号に換地予定地の指定通知を受けたこと、はいずれも当事者間に争のないところである。

そこで被控訴人は、控訴人が本件「換地予定地」上に使用権の指定通知を受けておらないことを理由として、控訴人は本件借地権を主張することはできない、と主張するので、この点について考えるに、本件「換地予定地」の指定通知がなされた当時施行されていた特別都市計画法第十四条の規定によれば、従前の土地の所有者及びその土地について権原に基ずき使用収益することのできる者は、同法第十三条の規定による指定通知を受けた日の翌日から、その換地予定地についてその権利の内容たる使用収益をなすことができる、旨規定してあつて、右指定通知がなされない以上これを使用収益することはできないものと解すべきは勿論であるが、一方同法第一条、当時施行されていた都市計画法第十二条、耕地整理法第十七条、第三十条の規定によれば、換地は原則として従前の土地とみなされる結果、従前の土地の上に有する権利は換地処分により当然その換地上に移行するものというべきであつて、この理は換地予定地として指定された土地についても、なんら別異に解すべきいわれはないから、従前の土地に対する借地権者は、その所有者に対する関係においては、換地予定地の上に同一内容の使用権を主張することをうべく、ただその使用権についての指定通知があるまで公法上その権利の行使を停止されるに止まるものと解すべきである。従つて控訴人は「従前の土地」について借地権を有するならば「換地予定地」について使用権の指定通知がなくとも、被控訴人に対しその権利の確認を求めることはできるものといわざるをえない。

次に被控訴人は、控訴人がその主張する借地権を放棄した、と主張するのでこの点について審案するに、控訴人が同市松城町百四十九、百五十番合の六宅地百坪を従前の土地として本件都市計画第一工区九九ブロツク六号の換地予定地の指定通知を受けたことは前示認定のとおりであるところ、右換地予定地の指定を受けるにいたつた経緯について、成立に争のない乙第一号証、当裁判所の検証の結果、原審証人高橋三郎、同土屋喜太郎、同伊藤延雄、原審及び当審証人平子俊治、同安藤治太郎、当審証人坂田敬造の各証言、当審における控訴人(但し後記措信しない部分を除く)、被控訴人の各供述並びに弁論の全趣旨を合わせて考えるときは、次の事実を認めることができる。

控訴人はその先代の頃から「従前の土地」を当時の所有者伊藤延雄から賃借し、その地上に建物を所有して薬局を経営してきたものであるところ、浜松市戦災復興都市計画に基ずき区劃整理が施行されることとなつたについて、長期間営業を継続してきた右土地の附近に土地を所有したいと考え、地主の伊藤延雄や浜松市都市計画課長広岡某及び区劃整理委員安藤治太郎らにはかつた結果、同一工区内に別の土地の所有権を取得してこれを従前の土地として浜松市に提供すれば、その換地として従来の居住地の附近に換地指定を受けることができることを知り、右安藤治太郎のあつ旋により前示松城町の土地をその所有者鈴木玄治から買い受けその登記を経、これを従前の土地として換地指定の申請をなし、これによつて第一工区九九ブロツク六号の土地(控訴人現住地)の換地予定地指定を受けたものである。而して右松城町の土地は右買受当時既に右都市計画に基ずき道路敷地として収用されることに確定していた土地であつて、控訴人はただ右の換地指定を受くることのみを目的として、右土地が道路敷となることを知りながらこれを買い受けたものである。また浜松市区劃整理委員会においては、右松城町の土地はその位置が同市の中心地帯から遠く隔つた地域であり、且つ当時の状況は原野であつて、それ自体としては価値の低い土地であるが、控訴人が永く同市の中心地帯である「従前の土地」に借地権を有し、ここに居住していた実績を考慮に入れて、特に飛換地として右九九ブロツク六号の土地を換地予定地に指定したものである。なお右特別の措置をとるに当つて、区劃整理委員安藤治太郎は控訴人から、右換地予定地の指定を受ける上は別に「従前の土地」に対する借地権はこれを主張しない旨の言質をえていたので、右の特別措置をとつたものである。従つて市当局においても、控訴人は既に自己の営業を継続するために支障のない右換地予定地の指定を受けたのであるからこれを以て満足しているものと見て、別に本件「換地予定地」の上に使用権の指定をしなかつたものである。一方被控訴人は、これまた古くから旧田町二百六十八番の五、にある三十一坪五合九勺の土地の上に存する家屋を、所有者伊藤延雄から賃借して物品販売業を営んでいたものであるところ、今次大戦において罹災し、その後あらためてその同一土地(但し二十六坪七合一勺に減坪となる)を賃借してその地上に建物を建築したのであるが、右都市計画による区劃整理が施行されることになつたので、その同一場所に所有地を得たいと考え、地主伊藤延雄及び広岡都市計画課長らにはかつた結果、附近の土地の所有権を取得して、これを従前の土地として換地指定の申請をなすこととし、右伊藤延雄から「従前の土地」(右地上に控訴人が借地権を有した)を買い受け、これを従前の土地として換地指定の申請をなし、よつて本件「換地予定地」の指定を受けた。しかして右土地は控訴人が借地権を有する土地であることは、当時被控訴人も知つていたのであるが、被控訴人は当時伊藤延雄から、控訴人は別に九九ブロツク六号に換地予定地の指定を受けることになつているのであるから、この土地について借地権を主張することはない、旨の説明を受けたので、かく信じて換地予定地の指定を受けたものである。

以上認定の事実に反する控訴人の供述部分は、前示各証拠に照らし容易に措信し難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によつて考えるに、控訴人は被控訴人に対して本件借地権を放棄する旨の明示の意思表示はしなかつたにしても、少くとも暗黙のうちに本件借地権を放棄する意思を表明したものであつて、これあるがために控訴人は右九九ブロツク六号の換地予定地の指定を受けることができたものであることは極めて明らかである。よつてその換地予定地の指定がなされた後にいたつて、更に本件「換地予定地」に対して使用権を主張することはとうてい許さるべきではない。されば控訴人の本件「換地予定地」上の借地権は既に消滅したものであるから、これが確認を求める本訴請求は失当であつて、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において正当であるから、本件控訴は理由なきものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文のとおり判決した。

(裁判長判事 岡咲恕一 判事 亀山脩平 判事 脇屋寿夫)

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